大事な人なのに、ゆっくり話を聞けない時がありませんか。
特に、身近で、その人の言動でこちらの責任を痛感してしまうようなとき。
例えば、家族。
そして、職場では部下など。
コミュニケーションをどの人よりもしっかりとって、いい関係でいたいはずなのに、その人たちとは特にできなくなる。
そんな時に試したいことがあります。
- その人にしっかり顔を向けて聞き、「そうだったんだね。○○だったんだね。」とそのまま聞いたことを受けて、そのまま返す
- 何が、自分にその人の話を聞けなくさせているのか、考えてみる
いかがでしょうか。
高齢の両親の場合、彼らの体調や心が落ち込むことも若い時より多くなってくるので、多い少ないはありますが、若い時よりもネガティブな発言が多くなるようです。
ただ、相手が若いか高齢か、家族か職場の人かに関わらず、自分は話がきけないよと感じる時、それは、相手がネガティブな内容を話すだろうと予測できるときではないでしょうか。
鏡のように、言葉を全く変えないで、そのまま返す。
ただ、自分にとって大切な人なので、相手に対する優しさは忘れないでくださいね。
「今の気持ちはこうなんだね」、と自分のお腹にバリアを貼って自分を傷つけないようにして、相手にそっと言葉を返す。
その言葉が、あまりにも自己否定や家族として受け付けない言葉だとしても。
そんな時、優しさ愛しさを忘れないで、かなりのネガティブ発言でも、そのまま「○○なんだね」とそっと返す。
きっと、相手は、その自分の蒔いたネガティブ発言を回収するとき、こんなこと言っていたんだとハッとするでしょう。
また、しっかり、話をきいて気持ちを理解してくれたんだ、と感じてくれるでしょう。
こう考えてください。
何が、自分にその人の話を聞けなくさせているのか 、と。
自分を傷つけ、悩ませるものがあるから、話を聞くのを直感的に避けたいと思うのではないでしょうか。
それは、ネガティブな発言だからではないでしょうか。
ネガティブな発言、それも大事な人の悲しい言葉は、自分の中に噛みしめてうけとってしまうと、自分が傷つきすぎてしまうから。
ネガティブな発言を受け取ると、それを回避してあげられなかった自分の責任を感じ、ダメな自分を認識してしまうから。
多分、もう、自分はしっかりできることはやっているのです。
足りないとしたら、相手の気持ちを、それがネガティブであっても、そのまま受け取ってあげることだったのではないのでしょうか。
それには技術があって、心の奥底に入れないように、バリアを張って相手にそっと返す。
応援はできますが、気持ちの解決は本人しかできないのですから。
ただ、寄り添う。
そして、ずっと応援する。
気持ちの解決まで、自分がしてあげようというのはかえっておこがましいのかもしれません。
そのくらいに思っていた方がよいのかもしれません。
大事な人のネガティブな発言を受け取って、心が傷つく人は、優しい心の持ち主だと思います。
だから、それで十分。
自分の心も守ってください。
バリアを張って、そっと優しく会話を返す。
そして、寄り添う。
応援する気持ちをずっと持って力になる。
そんなふうに寄り添ってくれる人がいたら、相手の人はとても幸せに感じてくれるに違いないと思います。